ご飯は楽しく!

ごはんのときに近づくと、柴犬の愛犬がうなって噛みついてきそうになる、というのが飼い主さんのお悩みでした。

お宅に訪問して飼い主さんご夫婦からお話を伺っていると、だんだんおふたりの意見が食い違うようになりました。

「いや、それは違うよ。俺のときは……」

「あら、そんなことないですよ!」

じつはこういうことはよく起こります。おそらくふたりともおっしやっていることは正しいのですが、犬が人によって行動を変えているというパターンです。なので、最初のカウンセリングでは、起きていることをできるだけ正しく把握するために、ご家族におそろいいただくのがベストです。

ご夫婦はともにインターネットで柴犬のしつけの情報をたくさん集めて勉強したそうですが、うまくいかなかったとのこと。今は情報が多すぎて、飼い主さんが混乱していたり、愛犬に合わない方法を用いてしまって、かえって犬との関係を悪くしてしまうケースをたくさん見てきました。仲良くなるために大事なのは、まず犬という動物を受け入れること。柴犬の愛犬のケンをよく見て、受け入れ、わかってやることなのです。シンプルなことなのですが、これがなかなか難しいようですね。

話を聞いているだけでは様子がわからないので、実際に食事の場面を見せてもらうことになりました。

「では、ごはんをあげてください」とお願いすると、ふたりは顔を見合わせ、何やら覚悟を決めるような様子でした。わざわざ良質の馬肉を取り寄せているそうで、まずは冷蔵庫からそれを取り出しました。私はすぐに異変に気付きました。ごはんの準備をしているというのに、ケンが喜ばないのです。ふつうだったら、うれしくて大騒ぎしますよね?

おいしそうな馬肉と特別なフレークが混ぜられ、食器に盛られ、準備が整ったそのとき、ご主人がスキーで使う手袋にプラスチックが付いた、まるで戦闘ロボットを思わせるような(?)立派なグローブを着けました。「噛まれても負けないように着けるんです。」とのことでしたが、相手はまだ小さな柴犬です……。

「では行きます。」と、ご主人出動。「マテッー!」という力強い声と同時に、ご主人が大きなロボットハンドで食器をつかみ、ケンの前に置きました。ケンは上唇を上げて牙をちらつかせ始めました。そりゃそうです、それでは怖すぎます。さらにご主人、反対の手で何とケンの頭をなで始めました。違和感を感じた私が思わず「なぜなでるんですか?」と尋ねると、「いい子だ、っていう意味です」とのこと。

ちょっと待ってください! こんな雰囲気で、しかもそんな手でなでられても気持ち良くないしうれしくないし、ケンが嫌だったら、それは罰になってしまいます。

1日のうちでいちばんうれしい時間と言っても過言ではないごはんの時間です。もっと楽しく食べたいだろうと、ケンがかわいそうになってきて、私はご主人と代わってもらいました。ロボットハンドを貸してくれると言われましたが、お断りしました。私は素手で食器をつかみ、「ケン、ごはんだよ。おいしいごはんだよ」と、できるだけやさしい声をかけながら、ケンの前に食器を置いてやりました。不思議と噛まれる気はしなかったのです。

「おいしいね~、おいしいね~」と声をかけながら、そっと胸のあたりにふれてみました。ケンはうなりませんでした。最初は多少緊張感がありましたが、やがて夢中で食べ始め、食べ終わってもいつまでも食器をなめていました。

「おいしかったね」と声をかけ続けていると、やっと私の顔を見上げてくれました。その表情は「おいしかった!」と言っているように見えました。

「ご主人、グローブを外しましょう」と言うと、ご主人は深くうなずきました。

ケンは食器以外ではうなったり噛んだりしないそうなので、まず愛犬との正しい関係を作るためのプログラムを実施していただきました。

そして問題のごはんですが、楽しいはずである「ごはんの時間」を取り戻すため、1ヵ月間、器をつかんだり頭をなでたりするのは一切やめてもらい、器を置いたら食べ終わるまで放っておいてあげるようお願いしました。その結果、ケンは、すぐにうなったりしなくなったそうです。

人も犬(動物)も、ごはんは楽しいのです! ムツゴロウさんこと畑正憲さんによると、おいしいものを食べているときに腹を立てる人はいないそうです。

ごはんの時間がやっと、飼い主さんにとってもケンにとっても、楽しいひとときとなった今では、ケンのためにますますおいしいお肉や食材が取り寄せられるようになったそうです。おいしく食べてもらって、犬ごはんも救われていることでしょう。

犬全般や柴犬のしつけについては、色々な情報がありますが、食事だけではなくしつけ全般の柴犬のしつけや生活については「柴犬 しつけ」が参考になると思います。

可愛い柴犬と楽しい生活を送りたいですね。

 

人間も柴犬も落ち着いて!

お宅へ伺ったとき、まだ幼い柴犬の『リンゴ』はサークルに入れられていました。少々広めなので、中で元気に飛んだり跳ねだり、楽しそうにしていました。おしっこもちゃんとシートの上にできましたので、サークルから出してみることに。

リンゴはうれしそうにダイニングテーブルの周りを2、3周走り回ると急に立ち止まり、何とまたおしっこをしました! さっきハウスでしたばかりなのに、です。

すると奥さんが甲高い声で、「あらあら~、リンゴちゃん~」と言いながら、あわてて廊下へ出て行きました。リンゴは、なぜか自分
のおしっこから離れずじっと廊下を見つめています。するとその方向から、奥さんがぞうきんを片手に小走りで戻ってきました。床にしゃがんで、ハタハタと床をふき始めたそのとき、リンゴはぞうきんめがけて飛びかかりました。そしてあっという間に奥さんの手からぞうきんを奪い取り、それをくわえて走り出しました。お約束です(笑)。

リンゴは上手に逃げながら、ダイニングルームを楽しそうに走り回ります。

「キャー! リンゴちゃん、ダメでしよ!こら、こら、こら!」

「あなたI(ご主人)! ほら、そっち行ったわよ、捕まえて!」

「あら、何やってんの、へたくそね」

「のろいのはお前だよ、ほらそっちへ行ったぞ!」

家族総出で、とっても楽しそうです。リンゴの目的は、「飼い主さんからぞうきんを奪って追いかけっこをすること」でした。

柴犬のリンゴは「シートの上でおしっこをしてもぞうきんは出てこないけど、床ですると出てくる」と学習していたのです。犬は、うれしいことや楽しいことが起きたとき、それを引き起こしたきっかけとなる行動を繰り返すようになります。これが犬の学習システムです。

人間も同じかと思いますが。この場合、追いかけっこを引き起こした行動は「床におしっこをする」です。

この学習をさせないためには、どうすればいいでしょう? 楽しいことが起きないようにすればよいのです。おしっこをされたら、まずリンゴをハウスに戻してゆっくりと片づけてください。「すばしっこくて捕まえられない」という場合は、ハウスから出すときにリードを着けておけばいいのです。

「ハウスに入れたら、どのくらいで出してやればいいですか」というご質問も多いのですが、答えは「飼い主さんの気が済むまで」です。まさか、わざと粗相をしたのに、片付けたらすぐになんて出してやりませんよね?

「粗相をしたら、ハウスに逆戻り」という学習を、淡々と教えればいいのです。参考までに、最低でも30分~1時間くらいはハウスの中で過ごす必要があるのではないでしょうか。

犬はぞうきんだけではなく、ティッシュペーパーでも大盛り上がりすることがあるのでご注意ください。

リンゴの飼い主さんには、トレーニングの実施と、子犬が粗相をしても決して騒がず、まずは子犬をサークルに戻してから、片づけをするようにアドバイスしました。ゲージから出すときには必ずリードを付けるようにして、追いかけっこにならないようにしてもらいました。そしてサークルに戻したら、数時間は放っておくように、ともお願いしました。

柴犬は必要な運動量が多いので、お散歩はできるだけ毎日、可能であれば朝夕それぞれ1時間くらい出かけていただくことにしました。

また奥さんが慌てがちな性格だったため、子犬を興奮させてしまわないよう、高い声を出したりハタハタした動きをできるだけ控えてもらうこともお願いしました。荷物が届いても、落ち着いてゆっくりとインターホンまで行くこと。電話を取るときはゆっくり受話器を上げること。できるだけ低い声で静かに応対すること。決してハンコを探して部屋じゅうを走り回ったりしないことなども。

その後、リンゴはとても落ち着いた女の子に成長しました。そんなリンゴにちょっぴりさみしそうなご主人がひと言。

「リンゴも落ち着きましたが、家内もだいぶ落ち着きました」。

 

「お祭り吠え」にはおいしいものを

配達の人や来客に吠えかかる、というのが『ポッキー』の飼い主さんからの相談でした。お宅に伺ってみると、ポッキーは門の向こうでワンワン吠えながら、右へ左へと走り回っていました。さすが若い柴犬、元気がありあまっています。

吠え方から判断すると、攻撃的ではなさそうでした。実際、私が家の中に入ってしまえば、友好的ですぐに落ち着きました。警戒心もそれほど高くなさそうです。声の調子や表情から、人がやって来るというイベントに対してただ興奮しているようでした。「わー、来た来た、人が来たよ!」と騒いでいる感じです。私はこの吠え方を、攻撃的に不機嫌そうに吠える「警戒吠え」に対して「お祭り吠え」と呼んでいます。

「吠え」の問題行動を改善するには、その原因を正しく突き止めることが大切です。以前、ポッキーのお宅では、ご家族のみなさんが留守のときにセキュリティーシステムが誤作動し、警備会社の方が駆けつけてきて家じゅうを点検するという出来事があったそうです。セキュリティー会社から「何事もありませんでした」という連絡をもらったご家族は、まずポッキーのことが心配になって尋ねたそうです。

すると、「え?ワンちゃんいたんですか?」との返事。ポッキーは吠えるどころか、隠れてしまったようです。知らない人が勝手に家に入ってきて怖かったんですね。しかし、家族がいないときに吠えないのでは、留守中の番犬にはなりません。期せずして判明したことではありますが、ご家族は、セキュリティーのシステムを入れておいて本当に良かったと実感したそうです。

番犬の本能から出る「警戒吠え」、恐怖からくる「パニック吠え」とは違って、ポッキーのように人が来ることに対し興奮して吠える「お祭り吠え」は人が家にいるときに起きるので、人の動きなどに影響を受けている可能性があります。ドアホンが鳴ったときに飼い主さんがあわてて受話器に向かって走る、八ンコを探して家じゆう駆け回るなど、お祭りの気持ちを盛り上げる行動は慎むことが必要です。

このポッキーのケースは、「吠えないで!」と指示するよりも、「オスワリして靜かにしたらいいことがあるよ」と学習させたほうがいいでしょう。

いつでも指示に従ってもらうためには、愛犬との関係が大事ですので、飼い主さんには、正しい関係を作るためのベースプログラムを実施してもらいました。せっかくトレーニングしても、飼い主さんの指示には従わないようでは困るからです。

それからドアホンのトレーニングもしてもらいました。まず、ドアホンが鳴った時に行くための、ポッキーの場所を作ってやります。お気に入りのマットやクッションを、玄関から少し離れたところに置いてやります。ポッキー宅の場合は、階段下にちょうどいいスペースがありました。

最初は、ドアホンが鳴ったら「マット!」など居場所を表すキーワードを言いながら、マットやクッションヘ誘導します。誘導するには、鼻先に食べものをちらつかせ、興味を持ったらそのままマットまで連れて行きます。興味が引けないおやつはこの場合には使えませんので、犬がとても好むものを探してやりましょう。マットヘ誘導したら、その上で「オスワリ」または「フセ」の指示を出し、従ったらおやつを与えます。時間を稼ぎたい場合には、マットの上での「マテ」のトレーニングを強化するか、おやつが仕込めるおもちゃなどを使うとよいでしょう。

これで、ドアホン⇒「マット」と指示を出す⇒マットまで誘導する⇒フセさせる⇒ごほうび、という流れになります。これを繰り返して、だんだん誘導する距離を減らしていき、最終的には、ドアホンが鳴ったら自らマットに乗って座るようになるまでトレーニングします。使うおやつは、玄関へ行きたい気持ちに勝てるくらい好きなものにしなければ、このトレーニングはうまくいきません。ご注意ください。

もともと食いしん坊のポッキーは、おいしいものがもらえることもあり、問題行動が改善されるのにあまり時間はかかりませんでした。それはもちろん、素直で穏やかな性質と、柴犬という犬種が持つ高い訓練性能も手伝ってのことだと思います。

いまではドアホンが鳴ると、うれしくて(?)ひと声ふた声は吠えてしまうものの、マットの上で「フセ」で待てるようになりました。

「ドアホンが鳴る⇒おいしいおやつがもらえる⇒人が現れる」という「お祭り」を楽しむポッキーの姿を想像すると、私もうれしくなってしまいます。